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研究室より |
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臼谷健一
前回の『研究室より』では福田先生が大学教員の夏休みについて紹介されましたが、今回は夏休みをはじめとする長期休業の「直前」についてお話したいと思います。といっても大学の話ではなく、小学生から高校生までの長期休業を対象として話を進めます。
休みの直前に行われる、気が滅入りそうなイベントに「通知表の受け取り」があります(校長先生のありがたいお話によって数人の生徒がバタバタと保健室送りにされる「終業式」も捨てがたいのですが今回はおいておくことにします)。
こちらから頼んだ覚えはまったくないのですが、担任の先生はご丁寧に生徒ひとりずつの名前を読み上げ、うやうやしく通知表を渡してくれたものです。もともと通知表などお目にかかりたくないものなので教卓まで取りに行くのは気が進みませんが、その足取りをさらに重くさせるのが「帰ったら親に見せなければならない」という重圧です。
芳しくない成績を取れば案の定怒られますし、かといって良い成績であっても「ふ〜ん」と受け流されてしまいます。親に見せたところで何がどう変わるわけでもなく、結局は「来学期も(は)頑張れ」のひとことで締められるのがオチです。学業から離れて何年にもなる親に対して「そもそも見たところでいったい何がわかるの?」という根本的な疑問を持ちながらも、「通知表は?」のひとことにはそんな疑問さえ許さないような威圧感があります。しかし、通知表を見せる側には共通してこのような思いがあるのではないでしょうか?「なぁ〜んか、納得いかねぇ・・・(-o-;)」
そこでまず考えられる対策は、「徹底抗戦を唱え、あくまで通知表を見せない」というものです。しかしこれは今後の親子関係等を考えると決して得策とはいえません。そこで次善の策として「(たとえなんとなくであったとしても)通知表を見せることに納得できる理由を見つける」ということが考えられます。今回はそこに会計の理屈を持ち込んで考えてみようというわけです。
企業の通知表に相当するものは、貸借対照表(ある時点の財政状態を表示)、損益計算書(ある期間の経営成績を表示)、キャッシュ・フロー計算書(ある期間の現金収支を表示)などの財務諸表です。これら財務諸表は一般に公正で妥当であると認められたルールに従って作成され、公表されるわけですが、どうして作成や公表が必要となるのでしょうか?そのもっとも大きな理由のひとつが、アカウンタビリティ(説明責任)という責任を負っているためです。
株式会社という仕組みにおいては、株主(プリンシパル:依頼人)は株式への投資というかたちで自らの資金の運用を経営者(エージェント:代理人)に委託します。すると、会社を代表する経営者にはその資産を適切に運用する受託責任が生じるわけですが、株主にとって、自らの資金が適切に運用されているかどうかを知ることは容易ではありません。そこで経営者にはさらに、資金の調達や運用の状況について説明・報告する責任が生じます。これがアカウンタビリティです。
この説明・報告は財務諸表をつうじて行われ、株主はその財務諸表を見てある人は「よくやった」と思うかもしれませんし、またある人は「物足りない」と思うかもしれません。しかしながら、財務諸表はすべての株主にとって理解が容易なものではありません。専門用語が羅列された財務諸表を理解するにはある程度の知識が必要となります。
ただ、経営者の側から見れば、一定のルールと手続きによって財務諸表を作成・公表すれば、(たとえそれが一部の株主に理解不能なものであっても)一応のアカウンタビリティは果たしたものとみなされるのです。ここで話を学校の通知表に戻すと、子供は親によって養育されているわけですが、これは違う言いかたをすれば、親から(食費や学費など有形のものにとどまらず、時間や愛情といった無形のものも含めて)資源の提供を受けています。であるならば、子は親に対してアカウンタビリティを負っていることになります。この責任を果たすためには「通知表を見せる」という儀式が必要であり、そこでは親が好き勝手に感想を述べることは自由であり、その内容を正確に理解している必要すらないのです。このように考えると、親に通知表を見せることにも少しは納得がいく、かもしれません。
今回は「親に通知表を見せる」ということについて、会計の理屈を応用して考えてみましたが、多少理屈っぽくなってしまったような気がしないでもありません。
ひょっとすると、『ちびまる子ちゃん』でまるちゃんのお姉さん(さくらさきこ)が通知表を見せることを憂鬱に感じているまるちゃんに対して語った次のような言葉が核心を衝いているのかもしれません。「あんなもん寝る前にパッと見せてさっさと寝ちゃえばいいのよ」
(今回の内容は2007年11月18日県大祭学内開放での講演内容をもとに再構成したものです)
(文責:臼谷 2007/12/26)
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